ネパールの神々

ヒンドゥー教徒と仏教徒の両方が、広くブッダを崇拝しています。シャカムニブッダの一様態である五智如来(五大如来とも)は、ヴァイローチャナ(Vairochana)、アクショービヤ(Akshobhaya)、ラトナサンバヴァ(Rathasambhava)、アミターバ(Amitabha)、アモーガシッディ(Amoghasiddhi)ですが(日本の真言宗では以上をそれぞれ、大日如来、阿閦(あしゅく)如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来、とする)、これらは順に、空(ether)、地(earth)、火(fire)、水(water)、風(air)、の基本五要素を現わしています。仏教徒の信仰では、これらの如来はすべて「空(くう)(=一切の無)」の具現化である、と考えます。チベット密教の流れを汲む金剛乗仏教(Vajrayana)の神・マハカーラ(Mahakaala、和名は大黒天)とバジュラヨギニ(Bajrayogini)は、ヒンドゥー教徒にも同じように崇拝されています。

ネパール人ヒンドゥー教徒はまた、古代よりヒンズー教の聖典に記載されているヴェーダの神々を崇拝しています。救済の主であるヴィシュヌ(Vishnu)神や、破壊神・シヴァ(Shiva)は特に崇められており、これらはいずれもヒンドゥー教最高神の具現とされています。シヴァ神の男根を意味するシヴァ・リンガ(Shiva Linga)は、シヴァ神を祀るほとんどの寺院に祀られており、シヴァの持つ究極のパワーの象徴とされています。

ヒマラヤの麓の国ネパールでは、女性の神々も大いに尊敬され畏敬の念を持たれています。シャクティ(shakti、森羅万象の根本原理、宇宙的根源力、等と訳され、女性の持つ創造力・母性概念を示す)を信仰することによって、シヴァ神の中に潜む凶暴な部分を鎮めようとするのです。この女神はマハデヴィ(Mahadevi)、マハカリ(Mahakali)、バガバティ(Bhagabati)、イシュワリ(Ishwari)等いくつかの異名を持っており、シヴァ神の妻の姿で現れます。多くのネパールの寺院で、シャクティが奉じられていますが、実は処女神クマリもその代表の一つです。

その他の有名な神々としては、幸運の神ガネシュ、知識の神サラスワティ、富の神ラクシュミ、庇護の神ハヌマン、などです。また、美丈夫として知られるクリシュナ神は、ビシュヌ神の権化と考えられており、広く信仰されています。ヒンドゥーの聖典バガワットジタやラーマヤーナ、マハーバーラタなどは、広くネパールで読まれています。

ネパールのイスラム教徒は、宗教解釈を異にするイスラム教他会派(他宗派)の戒律にも従っており、これはキリスト教徒も同様です。
•   クマリについてもっと知りたい方はこちら
•  チャングナラヤンへの訪問:このヴィシュヌ神を祀った寺院はユネスコの世界遺産に登録されています。寺院の起源は4世紀まで遡ります。


ブラフマン
梵天と訳称される神ブラフマンは創造神として知られ、まず自分で自分を創造してこの世に出現し、その後、宇宙をも創世したといわれています。絵画や彫刻などでは、長いひげを生やしてまばゆいばかりの美しい肌を持ち、白い式服に身を包み、4つの腕を持っていて、時にハンサと呼ばれるガチョウに乗った神様として描かれています。伝説では自分自身のためにこの世界を創造したと言われていますが、世界を創造した後、急に孤独感にさいなまれ始めたこの神様は、自分のパートナーとして女性神を創造し、今度はそのあまりの美しさに一目惚れをしてしまいます。サヴィトゥリ(Savitri)またはサラスウォティ(Saraswati)の名で知られるこの美貌の女神(訳称は弁天)はしかし、彼女に対するブラフマンの振る舞いがあまりに熱情的過ぎたために恐れをなし、彼の元から逃げだそうとします。しかし彼女が逃げようとする方向には必ずブラフマンの顔が現れるのでした。サラスウォティ女神はとうとう天空の方向へ逃げるしかないと、上方へ向かいますが、そこにもブラフマンの顔が現われ、これがブラフマンが5つの顔を持っている所以とされています。ついにブラフマンは女神をつかまえることに成功しますが、つかまえてみると妻だと思っていた女神は同時に自分の娘でもあったことを知ります。妻であり娘でもあった女神に対する罪深い行動への懲戒の意味で、彼の5つめの顔は、首から切り落とされてしまった、と考えられています。

インドラインドラは伝統的に天界の神と見なされて来た神で、帝釈天と訳称されています。聖典ヴェーダにおいては勇敢な戦士として描かれ、干ばつと悪魔を叩きのめして人々に慈雨と食糧をもたらした、とされていますので、インドラの幅広く根強い人気は、このキャラクターによるものと思われます。インド聖典プラーナにおいても、インドラ神は数々の悪魔との激戦をドラマティックに語る形で、非常に高く評価されているのを読むことが出来ます。インドラジャットラは、このインドラ神に敬意を表して行われる祭祀行事です。

サラスウォティ 、マンジュシュリ ,知識と芸術の女神サラスウォティは弁天と訳称され、いつも純白の衣装を身に付け、満開に咲いた蓮の花か、水鳥・ハンサの上に鎮座している姿で描かれます。このハンサは我々人間の内的精神世界の象徴と考えられており、我々の意識の内に潜む無知無明(むみょう、Avidya)を追い出すことが出来ると言われています。サラスウォティ神には4つの手があり、下の2つの手で古楽器ヴィナを弾き、上の2つの手の片方には本(ヴェーダ)を持ち、もう一方には念珠を携えています。マンジュシュリ(Manjushree)は文殊菩薩と訳称される智慧と洞察の仏教徒の女神(菩薩)で、ヒンドゥー教徒がサラスウォティ神を崇拝するのと同様、崇められています。春にはサラスウォティプジャというお祭りが学生によって行われますが、古くからの言い伝えでは子供たちが初めて字を教わるのが、このお祭りの日だということになっています。

クマリ , 処女神クマリは、タレジューの名で知られるネパールの国家守護神の象徴と考えられており、同時にカンニャクマリの化身であるとも言われています。栄えあるヒンドゥー寺院のために、仏教徒のサキャ一族(Sakya、シャカとも)の中からクマリの候補者が選ばれます。クマリとして選ばれた少女は、ヒンドゥー教徒・仏教徒双方に極めて崇高な存在として崇められるのはもちろん、国王からも栄誉を授かる上、寺院の外で行われる様々な祭事に出座します。初潮を迎えるとクマリとしての神聖な地位を失い、寺院から退去することとなります。そしてまた新たなクマリのセレクションが始まります。有名なクマリの寺院はカトマンズのバサンタプールにあるガッディバイタークホールの正面にあります。またその他にも、パタンやバクタプール、ブングマティ、ティミなど、他のネワール族の町にもそれぞれクマリが存在します。

ハヌマン 猿神ハヌマンは守護の神として崇められており、宇宙的根源力であるシャクティに満ちあふれているために身体が真っ赤に見える、といわれています。ハヌマンはまた、勇敢さや強靭さ、あるいは忠誠心の象徴でもあり、その彫像はありとあらゆる場所で見ることが出来ますが、それら彫像の目は常に閉じられています。これはハヌマンがついに結婚することがなく、女性、特に未婚の女性を見ることを嫌ったからだとされています。ハヌマンの目に女性が映ってしまったら、すぐに彼女たちを滅ぼしてしまうのだ、と、人々は考えています。

五智如来 – 五智如来(五大如来とも)は、ヴァイローチャナ(Vairochana)、アクショービヤ(Akshobhaya)、ラタサンバヴァ(Rathasambhava)、アミターバ(Amitabha)、アモーガシッディ(Amoghasiddhi)とされていますが(日本の真言宗では以上をそれぞれ、大日如来、阿閦(あしゅく)如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来、とする)、これらは順に、空(ether)、地(earth)、火(fire)、水(water)、風(air)、の、世界を構成する基本五要素を現わしています。これら五智如来はまた、それぞれがモーハ(Moha、困惑)、チンタマニ(Chintamani、自慢)、ドゥウェーサ(Dvesa、憎悪)、サマヤ(Samaya、嫉妬)、ラーガ(Raga、欲望)の五族を司っている親格であるため、さまざまな欲望を自己の内で成就させ、涅槃寂静へ到達する(ニルヴァナ/Nirvana、煩悩の火を吹き消した状態、人間の5本能から起こる精神の迷いがなくなった状態)のに密接に関係しています。仏教徒の信仰では、これらの如来はすべて「空(くう)(=一切の無)」の具現化である、と考えられています。 五智如来の偶像はストゥーパ(仏舎利塔)でよく見かけますが、それぞれ座位が決まっており、アクショービヤは東、アミターバは西、アモーガシッディは南、ラタサンバヴァは北を見据えて置かれ、大日如来であるヴァイローチャナは中央に鎮座しています。寺院そのものを司る神と考えられているヴァイローチャナを除いて、他の四如来は眼を閉じて瞑想しているのがわかります。 多くのストゥーパ(仏舎利塔)では、ヴァイローチャナは目に付かないところに置かれているか、アクショービヤの隣に置かれています。また、五智如来という呼称にも関わらず、時としてヴァジュラサットゥヴァ(Vajrasattva、金剛薩埵(こんごうさった))もその中に含まれていることがあります。ヴァジュラサットゥヴァは五智如来の中の聖職者であると考えられており、右手にヴァジュラ(vajura、金剛杵)を持ち、左手にガンタ(ghanta、鐘)を持っています。

ガネーシャ , 幸運と叡智と成功の神ガネーシャは、ネパールでも仏教徒、ヒンドゥー教徒共にとても人気があり敬慕されている神です。ガネーシャの容姿は幼な子のようで、大きな丸いおなかに並外れて短い背丈を持っており、頭部は動物の象で、手は4つ以上持っているという、かなり独特の出で立ちをしています。上側の右手には参拝者が従うべき正しい道を意味する鍵状になった杖が握られ、下の手には自制心を表わすループ状の紐を持っています。反対側の下の手には数珠を持っていますが、これは精神的集中を意味しており、宗教的知識の形成のためには集中力が非常に重要であることを示しています。最後の手は、彼自身が守護神の役割を果たすことによって、彼の信者が何事も恐れる必要はないことを指し示しています。 聖典では、彼の分厚い体を宇宙として、彼の象のような姿は宇宙の知恵の具現化した姿として描いています。また伝説によると最も大切な彼の牙を自分で折ったおかげで、偉大なヒンドゥーヴェーダの著者・ビャースがマハバラット聖典を完成させることができた、とされています。

ラクシュミ 富の女神ラクシュミは、ヴィシュヌ神の伴侶でもあり、ネパールで最も崇拝されている女神です。ラクシュミプジャは、数多くあるネパールの祭事の中でも、最も重要な祭事のひとつになっています。ラクシュミプジャは、この祭事を祝う人達が、将来財政的に繁栄することを合理的に保証すると信じられているため、極めて重要な祭事と考えられています。この祝典のためには、非常に細かい準備が必要で、特にプジャそのものが夜間に行われるため、光が重要な役割を持っています。油を注いだ土器製のランプに火がともされ、夜なか中、光を発します。このためラクシュミプジャは、別名「光の祭り」とも呼ばれます。

マハーカーラ
マハーカーラは金剛乗仏教の神々の中でも極めて魅力的な神の一人です。芸術作品に描かれる時は、この神は常に黒暗色で一寸法師のように小さく、大きな腹を持った姿で書かれ、仮面か、頭蓋骨をはめ込んだ頭飾りをつけて、人間の頭部でできた首輪を掛けています。右手にはクルトゥリという皮剥用のナイフを持ち、左手にはカパラという頭蓋骨製のコップを持っています。3つある目は大きく見開かれ、歯からは血がしたたり、一目見れば恐怖感を覚えずにはいられません。腰のベルトは虎の毛皮で出来ており、様々な装飾品はすべて蛇で造られているというおどろおどろしい姿にも関わらず、とても優しい神と言われています。古い仏典サダンマーラ(Sadhanmala)に記されているところによると、マハーカーラの手と頭の数は、彼が呼び出される目的・使命によって変化することになっています。ひとつの顔にそれぞれ2、4、6本の腕を持つ姿や、8個の顔に対し16本の腕も持つ姿にもなることが出来ます。彼の恐ろしい容姿は、人々に恐怖を与えることが目的ではなく、邪悪な者を追い払うためのものだと殆どの人が考えています。

ラト・マチェンドラナート , 仏教に於いて慈雨をもたらす神であるマチェンドラはまた、カルナマヤ・ロケシュワラ(Karunamaya Lokeshwara、宇宙の最も情け深い神)としても知られています。 ネワール族にとってはブンガ・デョ(Bhunga Dyo、ブングマティの神の意)とされるこの神は、男性形女性形いずれの姿でも敬愛されており、その名もウマネシュワラ(umaneshwara)、ラクシュミナラヤン(laxminarayan)、プレイナヨパヤ(praynayopaya)などなど、さまざまです。マチェンドラを祀った寺院は二つあり、その一つはカトマンズから8kmのブングマティ(Bungmati)に、もう一つはパタン(Patan)にあります。ブンガ・デョのためのお祭りであるラト・マチェンドラナートは、毎年バイサーク月(Baishakh、西暦では3月半ばから4月半ば)の初日に始まり、約1カ月間続きます。ネパールは農業国であり、モンスーン(雨季)は極めて重要ですが、このお祭りが慈雨の神を崇めるものであることから、十分な雨量が得られるかどうかという心配から農民達を解放する意味も持っています。このお祭りの間、マチェンドラ像が乗せられた山車が町中を引き回され、何千人という人々がこぞって祭りに参加します。

ビムセン ビムセンは叙事詩マハーバーラタに出てくる英雄の一人で、貿易と通商の神です。怒ったような目と濃い黒い口髭を持った、赤い顔をした神として描かれます。空中に高々と馬を持ち上げ、ひざの下に象を組み敷き、周りで巨大なコブラとライオンが恐れ入るようにそれを見つめている姿画が代表的です。彼のこの姿が醸し出すどう猛さは、ビムセン自身が持つ決断力を象徴しており、この決断力によって彼は、王妃ドラウパディを公の場で脱衣させ侮辱しようとした宿敵ドゥシュシャンサン(Dushshansan)を倒すに至ったのです。 ビムセンは通商業を営む人々に広く崇拝されており、この神の定期的な保守整備を目的としたグチ(guthi)と呼ばれる一種の「講」が、いくつか設けられています。ビムセン像の中でも特筆に値するものは、18世紀前半にシュリーニヴァス・マッラ(Shreenivas Malla)によって建立された、パタンビムセン寺にあるビムセン像です。

ヴィシュヌ神 , 様々な化身を持つヴィシュヌ神ですが、プラーナ(Purana、古いヒンズー教徒テキスト)では彼を宇宙の保護者であり、同時にダルマ(Dharma、宇宙の真理、法)を擁護する者として記述しています。聖典詩ギータ(Geeta)によれば、支配者ヴィシュヌは宇宙の法であるダルマの力が減退し、弱者や無垢な者どもが苦しんでいるのを見ると、不道徳を正すために様々な化身となって降臨するとされています。ヴィシュヌの化身として以下のようなものが挙げられます。
マチャ – 魚 : 人間文明を最初に造ったとされるマヌー(Manu)は、魚となったヴィシュヌによって恐ろしい洪水から救われました。この洪水は、無数のどう猛な海の生き物と共に海中深く棲む、極めて残酷な海獣ハヤグリヴァ(Hayagriva)が引き起こしたものだとされています。
カチャップまたはクールマ – 亀 : 悪魔ダナヴァス(Danavas)らの罪の重さにより大地が沈みかけていたのを見たヴィシュヌは、亀の化身となって海深く潜り、大地を背負い上げて、元通りに戻したとされています。

ヴァラーハ – イノシシ
: ヒラニャカシャーパ(Hiranyakashyapa)という名の悪魔が大地を水中に引きずり込んで沈めようとした時、イノシシの化身となったヴィシュヌはヒラニャカシャーパ目掛けて一気に海に突入し、彼らを倒して大地を救ったとされています。
ナラシマ – 半獣人,ヴィシュヌに最も帰依していた息子を殺そうとしたヒラニャカシャーパの口に中に半獣人となり入り込み、彼の腹部を打ち破ってヒラニャカシャーパを葬り去ったとされています。
ヴァーマナ -倭人 小人のブラフマンの姿のヴィシュヌは、三界の支配者マハバリから大地を取り戻した化身として知られます。小さな姿でマハバリのもとを訪れ、自分の3歩分の土地を返してくれるように要求したヴィシュヌは、マハバリがこれに同意するとすぐに元の姿に戻り、3歩で宇宙全部を覆って、これを勝ち取ってしまったのでした。
パラシュラーマ-斧をもったラーマ この姿のヴィシュヌは戦闘的な性格を帯びた英雄ブラフマンで、片手には弓を持ち、もう片方の手には斧を持っています。クシャトリア(騎士階級)と22戦し、これをすべて1人で壊滅させたとされています。
ラーマ – 聖典ラーマヤーナのヒーローにして理想の王とされるラーマの姿をしたビシュヌは、人の姿をした完全神であり、魔王ラヴァナを倒したとされています。

クリシュナ – ヴィシュヌの化身として最も崇拝されているのがクリシュナです。クリシュナがまだ幼い頃、悪鬼プットゥナは毒入りミルクを飲ませてクリシュナを殺害しようとしたため、クリシュナに退治されてしまいました。クリシュナは後にまた、獰猛なコブラとして知られたカリヤも制圧しました。
ブッダ – 「目覚めた人」と呼ばれる、最高の師・ブッダは、紀元前約563年にネパールのルンビニで生まれましたが、これもヴィシュヌの化身とされ、悩み苦しむ魂を正しい方向へと導いたとされています。彼は慈悲慈愛、真実、平和を世に教えました。

カルキまたはカーリ ,救世主- ヴィシュヌ最後の化身とされるカルキですが、実は今のところヴィシュヌはこの化身ではまだ下界に姿を見せていません。しかし人々は、カリユガ(Kaliyug、末世)の最後の瞬間にヴィシュヌの最終化身・カルキが現われると考えています。この化身は馬にまたがってこの世に現れ、悪魔を退治し、信心深い者のみを救ってくれると信じられています。

チャングナラヤンに行ってみましょう: 4世紀に起源を持つヴィシュヌ神の寺院チャングナラヤンは、ユネスコの世界遺産にも指定されています