宗教上のキーワード

シュリ・ヤントラ

タントラ教的祭祀や瞑想の世界では、様々なヤントラ(yantra、礼拝道具として使用される神秘図形、またはその図形が描かれた巻物状の布、紙等を指す)が識者によって使用されています。あまたある中でも、最も重要で「ヤントラの中のヤントラ」と権威をして言わしめるのが「シュリ・ヤントラ(shree-yantra)」で、シュリ・ヤントラのシュリは富の女神ラクシュミを現わしています。 シュリ・ヤントラの構図は2種類の三角形で構成されています。一つはシュリカンタス(Shreekanthas)と呼ばれる三角形で、これは男性神シヴァの図形で、4つの三角形は徐々に獲得される潜在的能力を表わすとされています。もうひとつがシヴァヤヴァティス(Shivayavatis)と呼ばれる三角形で、こちらは女性神あるいはその根源であるシャクティを表わし、5つの三角形は知識と行動における五感や、いろんな事象に於ける繊細で包括的な5つの様相を示しているとされています。シュリ・ヤントラに描かれたこれら二種類の三角形は、シヴァとシャクティの融合を映し出していると解釈されています。

シャクティは常にシヴァと一体化していると考えられており、お互いがお互いの内的世界にそれぞれ存在しているとされます。シャクティは存在そのものであり、意識であり、最高の調和をも意味しています。二つは同じ一つのものですから、シヴァはシャクティの基盤(Ashraya)でありながら、内包されるはずのシャクティは宇宙の基盤でありシヴァの創造力そのものでもあります。この点に於いてシュリとして語られるシャクティは、シヴァの内側にある宇宙的根本原理そのものとして理解され、ヤントラの構図は、広がっていく神聖な力の世界を端的に示したものとなっています。シャクティの作用がなければ、この宇宙も存在していなかったといえるわけです。

この世界はパンチタットゥヴァ(panchtatva)と呼ばれる自然界五要素で構成されています。五要素とは、プリトゥヴィ(prithvi、土)、アパス(apas、水)、テジャス(tejas、火)、マルタ(maruta、風)、アーカーシュ(aakaash、空)を言います。我々の肉体もまた、この五要素で出来ていると考えられていますが、人体構成五要素の場合はピンダ(pinda)と呼ばれます。ピンダの融合体である個人の肉体と、宇宙の総合体であるブラフマンダ(Brahmaanda)の融合が、この偉大なシュリ・ヤントラでは見事に描かれています。

従ってシュリ・ヤントラによる瞑想とは、ピンダの総合体である個人の内的世界と宇宙なる母性との融合を目指すことであり、宇宙の精神や生命力、事象との合体であり、精神的に覚醒し神性を獲得することが目的となります。ここに至って初めてヤントラは、直線や曲線で描かれた単なる宗教画から、精神的に宇宙体と融合した状態を現出したものへと意味を変えるのです。

サトゥコン

サトゥコンは重なり合う三角形を2つ一組にした構図を持っています(別名・六角星)。このうちの一つはシヴァ神の象徴で、永遠の存在(本質的に静的なるもの)を表わしています。もうひとつはシャクティのシンボルで、こちらは最も活発な女性性を表わします。シヴァとシャクティの融合とは、即ち両者の具体的結合(性交渉)を示しており、この構図はポピュラーで、マンダラ画や窓や扉の彫刻等、ネパールのいろんな作品に使われています。カトマンズのアサンにある、大変美しいデビ・アンナプルナ・アジマの居寺の窓に、比類のない美しさのサトゥコンを見ることができます。サトゥコンはいわゆる五感と、その先にある直感的知覚力を表わすとされており、構図の中にみられる6つの点(2つの三角形の頂点)がその現れです。この記号は古代タントラ教的ヒンドゥー教に起源を持つと考えられていますが、一方で仏教徒の間では「智慧」を意味するPragyaの最高段階の完成型を表わす、とされ、また同じ仏教でも大乗仏教になると、サトゥコンを二つの智慧の合一体、すなわち知識や悟りを意味するPragyaと女性性の根源にあるパワーや動的エネルギーを意味するUpayaが一体化した状態を示す偉大な記号として受け止められています。

スワスティカ

スワスティカはサンスクリット語で「あらゆる者どもに善を施す」という意味を持ち、古来東洋に見られる記号(日本語では卍(まんじ)のこと)で、木彫や青銅鋳物を始めとしてタンカ画その他のありとあらゆる伝統芸術に見ることができます。仏教ではスワスティカ図形が持っている四つの腕はそれぞれ、マイトゥリー(Maitree、友愛)、カルナ(Karuna、慈悲)、ムディタ(Mudita、幸福)、ウパーシャ(Upershya、公正)を表わし、4種類の神聖な功徳能力とされています。そしてこの発想は我々ネパールの文化の中では非常に重みをもっています。サーダナ・マーラーと呼ばれる正統派仏教典によると、これら4つの功徳は涅槃に至るための理想的な道筋であるとされ、全ての仏教徒はこれに沿って瞑想すべきであるとされています。大乗仏教の教徒の間では、これら4功徳を元にした図象は大乗仏教の歴史の中で考案され、寺院神殿に誇らしげに描くためにスワスティカの形になった、と考えられています。また、これら4功徳をそのまま名前にしたマイトゥリー、カルナ、ムディタ、ウパーシャの名を持つ神々も数多く居り、ネパールでは仏教徒にもヒンドゥー教徒にも崇拝されています。これら4功徳の神像の中でも最も美しい青銅像は、12世紀にヴァスカール・ヴァルマによって建立されたパタンのヒラニャヴァラーナ・マハヴィハール(Hiranyavarana Mahavihar、ゴールデンテンプル)で見ることが出来ます。

シヴァ・リンガ

リンガとはシヴァ神の男根の象徴であり、森羅万象の神であると解釈されている、究極のエネルギーを具体的な形にしたものです。寺院で見る際には子宮房の中にはめ込まれる形で置いてあり、2つの性を一体化したこの造作は、そのまま創造機能を示しています。タントラ教では創造とは即ち性交渉そのものであり、ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド(Brihadaranyaka Upanisad)教典では、人一人では悦び知らずしておんなありき、とされています。プラーナによれば、リンガム(Lingam)は宇宙増殖の男性シンボルであり、シヴァ神はシヴァラトリの夜にはリンガムに姿を変えて宇宙を破滅から救う、とされています。その昔シヴァ神が、乳海を急激にかき混ぜて造ったハラハラという毒を飲まされ、その毒のあまりの苛烈さにヒマラヤの雨が降るまでは待ちきれなくなった時、河川の女神であるガンガ(Ganga)がシヴァ神のもとへ飛んでいき、自ら持てるありったけの水を彼に注ぎかけたと言われています。シヴァ神はそのおかげで救われましたが、これが今でもシヴァ・リンガの上に聖水のための器が置いてある所以とされています(この器は銅でできており、ジャラハリ(Jalahari)と呼ばれています)。実はシヴァはガンガにかけてもらった水だけでは完全には鎮まらず、彼の頭の縮れた巻き毛の中に、空に浮かんでいた満月を押し込んで、ようやく落ち着いた、とされています。落ち着いて後、悦びのあまり踊ったのが、ダンダヴァ・ヌリティヤ(Tandava Nritya)というダンスです。

シャンカ

シャンカはサンスクリット語で、光沢があってなめらかな表面をしたホラ貝のことをいいます。シャンカを巧みに鳴らすことができれば邪心は全て退散すると言われており、このためシャンカは毒虫キラー、あるいは難敵キラーとも呼ばれています。また一部の学者達によると、アーユルベーダ薬を調合するのにも用いられ、シャンカの力によって黄疸や胆嚢疾患等も治せる、とされています。多くの仏教徒やヒンドゥー教徒が朝食の前にシャンカで水を飲み、読経の際にはシャンカの音も同時に鳴らされるのが普通です。シャンカは、天から注ぐ聖水の雨によってその形が削り出されたと強く信じられており、いつもヴィシュヌ神の右腕を飾っている、神聖な宝飾品であると考えられています。かつては若い女性のお守りとして、ブレスレットにされて腕を飾り、あるいは邪な視線を遠ざけるためのネックレスとして身につけられたものです。

チャクラ

チャクラは「正しい行いの輪/円盤」とも言われ、仏教徒やヒンドゥー教徒に共通の、聖なるシンボルとして使われている円形の道具や紋章のことを指します。ヒンドゥー教に於いて宇宙の守護神であるヴィシュヌは常にこのチャクラを手にしており、悪霊を退散させ、信者を守り、この世の正義であるダルマ(Dharma)が衰退するのを防いでいます。仏教においてはチャクラを「人生の輪」と解釈し、これをブッダの教えである、とする人も居ます。我々もまた、チャクラの目的は仏教に於いてもヒンドゥー教に於いても同じであると考えることがあります。というのもブッダの最初の教えは、ダルマの輪を回して始まったとされているからです