民族

ブラーマン族
ブラーマン族は聖職者カーストに属し、クマイブラーマンとプルビヤブラーマンの2つに分けられます。クマイブラーマンは、ネパール西部北インドのクマオンの山岳地帯から来たと言われており、主にカトマンズ首都圏、中央ネパール、西ネパールに居住しています。プリビヤブラーマンは東ネパールが起源とされていますが、居住地域としては東ネパール、及びカトマンズを中心にほぼネパール全土に及んでいます。
 
チェットリ族及びタクリ族
チェットリ族及びタクリ族は、伝統的に支配者であり指導者であった武人階級の人々とされています。前項のブラーマン族は、彼等の教師であり家族に祈りを捧げる司祭の地位にありました。これらの人々は正統派ヒンドゥー教徒とされており、なかでもチェットリ族とタクリ族は最も有力で裕福な社会階級に属しています。主に軍隊、警察など政府機関でのサービスを生業にしていますが、比較的少数派ではありますが彼等の中にも、農業を営んで生計を立てている人々も存在します。

タマン族
タマン族は、主にカトマンズ盆地を取り巻く中央ネパールの東西南北の山岳地帯に居住しています。彼等は仏教徒であり、居住地区にはそれぞれゴンパやグンバ(仏教寺院)があります。全ての祭礼、儀式、民族の踊りは、仏教の教えに基づいたものです。 仏教画(タンカ)制作に従事するものも多くいます。
     
グルン族
グルン族は、ネパール中西部アンナプルナ山脈の南麓にマガール族、ブラーマン族、チェットリ族などの他民族と共に居住しており、頑丈かつ勤勉な人々で、モンゴル系の顔立ちをしています。彼等は、ラムジュン、マナン、カスキを含む東ゴルカ地方からシャンジャ地方まで広い領域に渡って生活しています。また、同年代の少年少女が、伝統音楽に合わせて歌ったり踊ったりする、‘ロディ’と呼ばれる伝統芸能を持っています。
     
マガール族
マガール族は、身体的特徴はグルン族と同じですが、民族としてのアイデンティティは区別しています。何世紀もの間、マガール族はグルン族と共にイギリス及びインドのグルカ連隊、ネパール軍隊に服務してきました。マガール族は、女神カーリー神を敬う大変華麗なヒンドゥのお祭りを祝います。ゴルカ地方を中心に、そのお祭りの際には多くのヤギが生贄としてカーリー神に捧げられます。またマガール族の村は、伝統的な玉子型の家でも知られています。
 

ネワール族
カトマンズ盆地の元々の住民であるネワール族は、主に商行及び農業に従事していますが、商取引を目的に全国に点在しています。拠点は主にカトマンズ盆地、バネパ、ドゥリケル、ボジュプール、バンディプール、タンセンに集中しています。民族人口としては少ないにも関わらず、ネパールの歴史・芸術・建築・ビジネス活動への彼らの貢献は傑出しています。ネワール族は、彼等自身の言語であるネワール語を話しますが、これはチベット・ビルマ語族に属する言語で、こちらがむしろ「ネパールバハサ(直訳でネパール語、の意)」として知られています(ただしネワール族以外には殆ど通じない)。ネワール族には仏教徒とヒンドゥー教徒の双方が存在しており、国内の他の場所と同様、文化と伝統が宗教と融合しあっています。彼等は年間を通じて多数の饗宴、お祭りを祝います。ネパールにおける壮観なお祭りの大部分は、ネワール族の伝統行事である、と言って良いでしょう。また、ネパールの伝統的な芸術や建築は、ほとんどそのままネワール族社会が保有するそれに一致しています。ネワール族の熟練した職人が製作した作品が、遥か遠くの中国にあるモンゴル王宮の工芸として用いられているほどです。
     
 ライ族及びリンブー族
キランティ諸族と総称されているライ族とリンブー族は、紀元前7世紀頃から、彼らが敗れた西暦300年当時まで、カトマンズ盆地を支配していたと言われています。敗れて後、彼等は現在のパタンに移動し、その後にネパール東部シッキム国境上のアルン谷に住みつきました。彼等はモンゴロイドの特徴を強く持ち、チベット・ビルマ語族の言語を話します。現在ライ族は、ネパール東部の山岳地帯、主にダンクタ、テーラトゥム、ボジュプール、アルン、ドゥドゥコシ周辺に、リンブー族はネパール極東部、主にタプレジュン、コタン、アルン丘陵地帯に広がって居住しています。ライ族やリンブー族の結婚は、一夫一婦制です。ライ族は、ヒンドゥー教徒でも仏教徒でもなく、彼等独自の神と先祖を崇拝しており、それぞれ異なった方言を話す多くのサブグループに分かれています。リンブー族は、シヴァ神信仰とアニミズム(精霊信仰)の混ざったものを信仰しています。この二つの部族もまた、インド及びイギリス軍隊でグルカ連隊として活躍しました。 br />
シェルパ族
シェルパ族は、ヒマラヤの人々の中でも特に、山岳遠征隊におけるリーダー、ガイド、ポーターとして、欠くことのできない登山技術を持つとされる最も有名な民族です。個人で、またはグループで、多くの「世界初登頂」の記録を打ち立てました。彼らは、東ネパール山岳地帯のエヴェレスト街道周辺、アルン丘陵地帯、ドゥードゥコシ川とその支流周辺のヒマラヤ地方に住んでいます。シェルパ族は、信仰心に厚い仏教徒です。そして、1年を通して、彼等の新年に当たるロサールをはじめ、多くの重要な祭礼を祝います。タンボチェ、チワン、ターメのような高度の高い領域では、今では多くの観光客を引き付けるようになったマニリンドゥと呼ばれる興味深い祭礼が祝われます。モンゴロイドの特徴を強く残す彼等は、伝統衣装と宗教信仰が類似しているチベットから来たと言われ、彼らの住む高所に順応してきた民族です。
    
タルー族
タルー族は、ネパール中西部のタライに居住する土着民族です。タルー族の多くは、モンゴル系であるのにも関わらず色黒で、他のモンゴル系の人々とは違っています。彼等は、土着のタライ移住者であり、マラリヤにさえ免疫があると言われています。タルー族には「ナジャ」と呼ばれる民族言語がありますが、他にもプラクリティ語、ボジュプリ語、ムガル語、ネパール語、ウルドゥー語、マイティリ語などの地域語を混合して話しています。彼等は、デサウラ、ダンガウラ、ラナタルーと言う3つの主要なグループに分かれています。タルー族は、アニミズム(精霊信仰)を信じていますが、いくつかのヒンドゥー教徒のお祭りも祝います。各村には、彼等自身が信仰している守り神が奉られています。タルー族は、ラジャスタンから移住して来たと言う一方、ダンが彼等の起源だと主張する人も居ます。タルー族は大家族を収容するための長い家屋に住んでおり、祭りの時には、壮観な服装と大きな銀の装飾品で着飾ることでも知られています。
 
タカリー族
タカリー族は、西ネパールカリガンダキ谷のタクコーラ起源の民族だと考えられています。彼等は家の調理場をきれいに手入れすることで有名で、ホテルや民宿、レストラン業に従事しています。その昔は、チベットとの塩の交易で重要な役割を果たしてもいました。彼等とは、ネパールで最も人気のあるトレックコースの1つ、アンナプルナ外周トレッキングルートで出会うことになるでしょう。タカリー族の宗教は、仏教、シャーマニズム、ボン教、ヒンドゥ教の混合です。ラ・フェバ(Lha Feva)は、タカリー族にとって最も重要な祭礼です。彼等は、モンゴロイドの特徴を持ってはいますが、他の民族とは明瞭に違って見えます。

マナンゲ族またはマナンバ族
マナンゲ族の人々はチベット系民族と似ていますが、元々グルン族に起源しているといわれ、ほとんどはグルンの姓を使用しています。彼等は、マルシャンディー川の上流地帯から中央ネパール北部に広がるマナンの低山岳地帯及び谷間に住んでいます。マナン地区は、ネシャン、ナー、ギャスンドの3つの異なった領域を持ち、各地区が文化的に相互に関係しています。彼等は優れた商人で、何世紀もの間、宝石、ハーブの他、良い値で売れるものを求めて南東及び極東アジアを巡っていました。その後、彼等は香港やバンコクから服飾品や電子製品を輸入することへ切り替えました。彼等は信仰心の篤い仏教徒で、彼等の新年であるロサールや、メタと呼ばれるマナン周辺の村同士で数週間にわたって競争する弓のお祭り、あるいはムスタンで行われる競馬の祭典・ヤルトゥンなど、興味深いお祭りを数々祝います。

ドルポの人々
南部と東部をダウラギリ山塊に、西部をシスネ峰、カンジロバ峰に囲まれ、北部はチベットと接している魅力的ながら人里離れた領域に、ドルパ(またはドルポ)の人々の入植地は集中しています。彼等は、普通標高3,660m-4,000mで生活をしており、世界で最も高所に定着居住している民族と言えるでしょう。ドルポの人々はモンゴロイドの特徴を持ち、チベット人に酷似しています。この地域の人々は同じ宗教の仏教を共有しチベット語を話します。彼等の故郷は、澄んだ深緑色の湖と美しい風景で有名です。彼等は、チベットとの交易のため、物々交換の品物をヤクのキャラバンで運びながらしばしば長期間の旅をします。映画「キャラバン」では、彼等のこのようなライフスタイルが描かれました。  
 
チェパン族とクスンダス族
これら少数民族は、中央ネパールのダディン南部、マカワンプール西部、チトワン東部、マハバラータ傾斜地区の限定された区域に代々住んでいます。もともと遊牧民的な人々で、部族民の中には農業その他の方法で生計維持を得始めている人々も居ますが、その他の大半は狩猟採集を生業としています。経済的には未発達ですが、狩猟や食べられる木の根を採集するなどによって生きてゆく能力を持っており、また豊かでユニークな伝統文化を持っています。近年、彼らを一箇所に落ち着かせる試みが成されました。

ラウテ族
ネパールの消滅しつつある部族の1つであるラウテ族の人口は、たった658人です。この流浪の民は、ネパール中西部地域に住んでいます。彼等は、木製のお椀を作り他の物、特に穀類など食料品と物々交換する事で知られています。そして、そのお椀は穀類やトウモロコシなどを保存するのにも使用されます。彼等は食物を探し求める森の近くに仮の住居を作りますが、この狩猟採集民族は大抵、猿を食糧として捕獲しています。